連載 第二回「人の気配の演出」
株式会社グラディエ代表取締役
磯村 歩
魅力的な外部空間は周囲の人を惹き付け、そして居住者との新たな交流を生み出します。同様に内部空間においても居住者同士のつながりを創出する多様な可能性があります。
「視界を遮らない空間設計」
デンマークの研究機関と大学には、大きな吹き抜けに上下移動を設計している事例が数多く見受けられます。天井光の各階への採光に加えて、開放的な空間での上下移動は、そこを行き交う研究者や学生同士の対話を生み出すといいます。また階段の幅は少し立ち話が出来る程度まで広くとられています。デンマークのコペンハーゲン郊外にあるマンションのバルコニーは非常にユニークなカタチをしています。少しずつ角度を変えて外構から飛び出ている三角形のバルコニーは、上下階での居住者同士の交流を誘発するよう設計されています。こうした視界を遮らない空間設計は、聴覚障がい者や耳が遠くなった高齢者でも手話などの視覚表現を使ってのコミュニケーションが可能となります。
バルコニーの合間から人の気配が感じられる
「ダイニングの声、上層階に届ける」
デンマークのコレクティブハウスでは、ダイニングを上層階に通じる吹き抜けにしているところがあります。天井が高いことによる開放感もありますが、ダイニングでの居住者同士の会話を上層階にまで密やかに届けるよう設計されているのです。例えば、二階にいる居住者が、聞こえてくる会話が気になってダイニングを覗くと「ちょっとカードゲーム一緒にやらない」と誘われたり、またダイニングからの笑い声が気になって覗くと、他の居住者の誕生日だったことを知るなど、交流とその場で何が起こっているかの自発的な共有が行われます。また居住スペースのパティオ(中庭)をウッドデッキにしている事例もあります。これにより、人の気配(歩く時の足音)が防犯の観点から住民の安心感につながるのだといいます。こうして視覚、聴覚を踏まえて人の気配を演出していけば、互いの存在をゆるやかに感じ合うことができます。会話を生み出すきっかけに加えて、住人の生活に潤いとリズムを与えることにもなるといいます。
「仕事中の姿を子供に見せる」
料理の様子を観察できる(写真右下に子供用の台座)
デンマークの幼稚園ではユニークな取り組みが行われています。職員が料理をしている様子を背の低い子どもたちが観察できるよう、キッチンの前に子供用の台座を設置しています。子どもにとって、仕事をしている様子というのはとても興味があるもの。情操教育の面でも非常に効果的で、また職員と子どもたちとの交流を生み出すきっかけにもなります。高齢者施設などではスタッフの事務室をガラス張りにしたり、オープンスペースにデスクだけ設置しているケースもよく見かけます。オープンな空間が職員、利用者双方にとって声を掛けやすいカジュアルな雰囲気を作り出します。(掲載:高齢者住宅新聞 2011年7月5日)
視界を遮らない開放的な空間
次稿につづく(8月5日発行)
磯村 歩
株式会社グラディエ 代表取締役
ユルツナクリエイティブディレクター
デザイナー
ユーザビリティエンジニア
ユニバーサルデザインコンサルタント
1966年愛知県常滑市出身。1989年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社のデザイナー としてビデオカメラ、デジタルカメラ、医療用機器などのインダストリアルデザイン、インタフェースデザインに従事。日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、財団法人日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞選定など受賞多数。特にユーザビリティ向上にむけたデザイン開発プロセスの改革に取り組み、2007年にはユーザビリティデザイングループ長としてデザイン戦略立案とHCD開発プロセスの導入と推進を担う。「感じるプレゼン」(UDジャパン)執筆以降、ユニバーサルデザインに関する講演を数多く実施。2010年には北欧福祉の研究のためEgmont Højskolen及びKrogerup Højskolen(いずれもデンマーク)に留学、また株式会社グラディエを設立し、現在に至る。