連載 第一回「人が訪れたくなる設(しつら)え」
株式会社グラディエ代表取締役
磯村 歩
「多世代共生居住の発祥地 デンマーク」
デンマークでは日本の45年前に高齢化社会(高齢化率7%)、そして16年前に高齢社会(高齢化率14%)を向かえました。それと同調するように女性の社会進出が進み、1970年代には血縁に変わる新たな共生居住として「コレクティブハウス」が生まれました。「コレクティブハウス」には住民同士が共有するキッチンやダイニングがあり、そして家事や育児も分担しながら暮らします。日本においても都内を中心にシェアハウスが戸数を延ばし“高齢者と大学生が一緒に暮らすマンション”や“介護と保育を合わせた施設”など様々な共生居住の模索が始まっています。また東北震災後の仮設住宅移転においても、互いに支え合える共生居住の構築が求められています。この連載ではデンマークを中心とした北欧の共生居住における“人をつなげる建築”の具体例をご紹介していきます。
「ゆるやかな境界」
デンマークのオダー市にあるシニア向けコレクティブハウスには周辺住民とゆるやかなつながりを生み出す工夫がされています。各住居の前には小さな庭があり、その庭の緑の世話をする住民と沿道を歩くご近所とのちょっとした会話を生み出しています。また縁の世話自体が高齢の居住者にとって日常生活のリズムと潤いを与えているといいます。そもそも彼らは「オープンガーデン」という個人の庭を定期的に公開する習慣もあるようです。また、この敷地内の住居は少しずつずれて配置されていますが、これにより近所であっても不用意に隣の視線を感じることがありません。プライベートとつながりを上手く両立させているわけです。こうした基本設計によらず、玄関先に生け花、置物などを置くスペースを設けるだけでも、周囲とのちょっとした会話のきっかけになるといいます。
住宅前にある緑の庭(上左)各住居が斜めに配置されている(上右)
「視界の変化」
そもそも住居敷地内の小道も“歩きたくなるような設計”が必要でしょう。例えば、ゆるやかに曲がる道は、進むにつれ少しずつ景観が変化し歩く楽しみを与えてくれます。また住居の外溝(外観)に変化を持たせるのも効果的です。スウェーデンのマルメ市にある再開発地域「ウェスタンハーバー」は、区画毎に担当する建築家を変え、あえて建築家の個性を出すように計画されました。結果、敷地内の住居はどれもユニークな外構を持ち、一歩踏み入れるとついつい見とれて歩く距離が長くなってしまいます。こうした演出も訪問者と住民との交流を生み出すきっかけになるはずです。
ユニークな外構の住居が並ぶ「ウェスタンハーバー」
「魅力的な外構(がいこう)」
デンマークのエコビレッジ「スヴァンホルム」は、500年前の貴族の屋敷をリノベーションして暮らしています。ここの住民の多くは「こんな素敵な場所に住めるの!」と移住を決めたのだそうですが、デンマーク各地に広がるエコビレッジには趣があり、そしてユニークな外構の建築物がとても多い。こうした敷地景観が外部から多くのゲストを呼び寄せています。ゲストは、住民にとっていい話し相手でもあり生活に変化を与えてくれる存在でもあります。彼らはこうしたゲストをいつも心良く迎え入れています。(掲載:高齢者住宅新聞 2011年6月5日第181号)
趣がある「スヴァンホルム」の住居(上左)ユニークな外構の住居が並ぶデンマークのエコビレッジ(上右)
磯村 歩
株式会社グラディエ 代表取締役
ユルツナクリエイティブディレクター
デザイナー
ユーザビリティエンジニア
ユニバーサルデザインコンサルタント
1966年愛知県常滑市出身。1989年金沢美術工芸大学工業デザイン専攻卒業後、富士フイルム株式会社のデザイナー としてビデオカメラ、デジタルカメラ、医療用機器などのインダストリアルデザイン、インタフェースデザインに従事。日刊工業新聞社 機械工業デザイン賞、財団法人日本産業デザイン振興会 グッドデザイン賞選定など受賞多数。特にユーザビリティ向上にむけたデザイン開発プロセスの改革に取り組み、2007年にはユーザビリティデザイングループ長としてデザイン戦略立案とHCD開発プロセスの導入と推進を担う。「感じるプレゼン」(UDジャパン)執筆以降、ユニバーサルデザインに関する講演を数多く実施。2010年には北欧福祉の研究のためEgmont Højskolen及びKrogerup Højskolen(いずれもデンマーク)に留学、また株式会社グラディエを設立し、現在に至る。